google.com, pub-6886053222946157, DIRECT, f08c47fec0942fa0 日本の世界遺産紀行;日光編: 湘南紀行(11)二宮 「二の宮神社」

2012年4月12日木曜日

湘南紀行(11)二宮 「二の宮神社」

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湘南紀行(11)二宮 「二の宮神社」 .



写真:二宮に鎮座する相州二宮・「川勾神社」

全国に一の宮、二の宮など宮の付く地域名が多い。この相模の国(神奈川県)にも一の宮、三の宮、四之宮とある。
神社は、昔から概ね一郷一村に在して郷民の心の拠り所であり、日本民族の魂の「ふるさと」であるとも云われる。又、克っての主な神社は政事(政治)の中心的存在でもあった。 

平安期、その国(地域)の神社の格式や祭政に基ずいて朝廷(天皇が政治を行っていた場所)がその神社の挌位(序列)を決めた。これは(927年)延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)というのが作成されたことによるもので全国の神社の名称や格式が記載され、公式に神として格付けされた神社であることを示し、その選定には政治的色彩が強く反映されていたという。これらを「式内社」といい、その格式に応じて、その地域の一の宮、二の宮、三の宮・・と称していた。
しかし、朝廷の勢力範囲外および独自の勢力を持っていた神社(熊野那智大社など)は選定から除外されており、これらは故意に選定から外されたという意味で「式外社」ともいう。 
国司(中央・朝廷から地方・諸国へ派遣された地方長官)が赴任したときは、一の宮、二の宮、三の宮と巡拝しなければならなかったといわれる。
因みに相州では一の宮は「寒川神社」(寒川町宮山)、三の宮は「比々多神社」(伊勢原市三ノ宮)、四の宮は「前鳥神社」(平塚市四之宮)であって、二宮の如く地域住所名に「宮」と付くのは注目される、そして相州内で延喜式神名帳に記載されているのは、これらを含めて13社あるという。
その中郡二宮町は、その町名がこの地方の氏神である二の宮である「川勾(かわわ)神社」から由来していることは言を待たない。

4世紀中頃、この地域は『師長(しなが)国』のと呼ばれ今の大磯に本拠を置いていたらしい。 川勾神社は、この師長国の一宮であったといわれる。
大化の改新(645年)により、師長国は相武(さがみ)国と合併して相模国となり、従ってそれまで師長国の一の宮であった川勾神社は、相模国の二の宮になり一の宮の地位を「寒川神社」に譲ったといわれている。以来、相模国の二の宮である川勾神社の存在するこの地域を「二宮」と称するようになった。
毎年5月5日に大磯町の六所神社で行なわれる国府祭には二の宮として参加し、一の宮・寒川神社と上席を争う「座問答」を行なうことで知られ、この神事は平安末頃の地方武士団と在庁官人の勢力争いに起源を置くといわれるが、更に以前の飛鳥時代の「大化の改新」における「宮譲り」にも起源があるとも云われる。
因みに、「大磯」の項でも記したが、海岸に沿って相模平野から西に見える山が高麗(こま)山で、誰でも目に付くこんもりと特徴的な形をしている。 「高麗」とは本来、古代朝鮮半島の大部を占めていた「高句麗」の別名でも有る。 チョット離れるが、埼玉県日高市の「高麗神社」の伝説では高麗王若光が初めて上陸したのがこの師長国の大磯であるとしてい、高麗山はその時の置き土産かもしれない。 存外、4~5世紀以降の相模・武蔵の開発は、大磯に上陸した渡来人が北上することで進んでいった可能性は高いという説も有るある。
いずれにしても相模国、師長国は一の宮、二の宮を観ても歴史の古さを示すものといえよう。

川勾神社は町の仲ほどの西端に位置し、入口に「延喜式内社相模国川勾神社」と大きな看板があり、奥まった階段上の高台に立派な社殿がある。 
祭神は、級長津彦命(シナツヒコ)、級長津姫命(シナツヒメ)で、相模の国が相武と磯長の二国であったとき、磯長の国の開拓をされた神とせれる。 相神に大名貴命(オオナムジ・日本の国土を開拓された神)、大物忌命(オオモノイミ・殖産興業に功績があった神)、衣通姫命(ソトホリヒメ・安産守護に霊験あらたかな神)を祀る。
この神社の祭礼の一つに夏越大祓式があり、その神事に「茅の輪くぐり」というのがある。6月に夏を越す為に行われるお祓で、竹を軸にし茅(チガヤ)を巻いた大きな輪を作り、人々がこれをくぐり越す(左、右、左)。この輪を越すことがお祓であり、罪、穢(けがれ)を祓い清め、招福・除災になるという。


次回は、「小田原」



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