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古都鎌倉(18) 「常楽寺」 .
写真:源義高の墓碑(碑には『木曽清水冠者義高公の墓』と記されてあった)
哀れ・・、源義高公の墓 .
横須賀線・北鎌倉の駅を過ぎて大船方面へ向かい、「子袋谷」と信号を右手に5~600m程行くと「常楽寺」がある。
寺の山号を「粟船山」と言い、現在の大船の地名はこの「粟船」(あわふね)が変化して成立した地名だとも言われている。
2005年度のNHK大河ドラマで放送された『義経』にも登場してきたが、こちらに木曾義仲の嫡子・源義高(木曽義高)の墓が有るというので訪ねてみた。
頼朝の従兄・源義仲(木曾義仲)の長男・義高(当時13歳)は、頼朝、政子の長女・大姫と許婚し鎌倉に住むようになった。
その頃、義仲は平家追討のため立ち上がり京で平家を討つが、勢い余って朝廷、公家を蔑ろにし、都で狼藉を行うようになった。
それを見かねた頼朝は朝廷より院宣を賜って義仲を討つことになる。
この時、人質同然となった義仲の嫡子・義高は鎌倉を出奔するが、武蔵の国(埼玉県狭山)で捕えられ、母・政子の助命嘆願も虚しく、頼朝の命で斬首されてしまう。
以降の大姫は悲嘆に暮れ、病に伏し20歳の若さで死去する・・が、この頼朝の冷淡な仕打ちに政子の出所である北条家は頼朝、源家にたいして少なからず疑念を抱くようになったのかも知れない。
その後、頼朝は急死することになるが、その死因については一般に事故死と言われるが、北条氏による陰謀説というのも少なからずあるようだ。
尚、二代頼家、三代実朝の失脚暗殺は、北条によるものとして定着している。
その義高と大姫の墓が大船・常楽寺境内の外の裏山に埋葬してあるといわれる。
始め小生は、義高の墓所を詣でるつもりで常楽寺を訪れたが、境内ではどうしても見つからず、寺の住人に問うたところ、「門を出て塀の脇の小路を行った、山の上の方に在ります」と何か冷淡に云われたのが気になった・・?。
それは上部に民家が迫る、丘のような傾斜部分に寂しく在った。
墓標には確かに『木曽清水冠者義高公の墓』・・と立派に記載してあった。
しかし、大姫の墓らしいのは見届けられない。
死して土に返っても尚、二人は離れ離れで今も彷徨っているのか・・?、戦国の習いとはいえ、悲哀を感じる。
それにしても、北条家に先駆的役割のあった縁(ゆかり)のある源家の義高を、少なくとも立派な境内の一隅にでも祀ってやればいいものをと思案したが・・?。
因みに、北条政子は二人のために、この地に「粟船御堂」を建てたといわれる。
更に時を経て常楽寺として北条三代執権・泰時が建立し、その泰時の立派な墓が安置してある。
先にも記したが・・、
泰時公が60歳で他界した後、建長寺創建の為、中国・宗の僧、蘭渓道隆(大覚禅師)が北条時頼の招きで日本の鎌倉に来る。
この時、常楽寺に入り純粋な中国・宋の禅風を世の人々に示したのが、この寺院であったと言われる。
又、時頼は軍務の暇を見ては、常楽寺の禅師の元を訪れ、禅道を問うたという。
その後、『常楽寺有一百来僧』というように、多くの僧侶が禅師のもとに参じるようになる。これは建長寺が開堂供養される五年前のことであり、そのころの当寺の建物には山門・仏殿・方丈などがあり、相応の規模を誇っていたという。
道隆は建長5年(1253年)、建長寺の開堂供養が行なわれ寺内に禅道場の院が創建されると、その住持(一寺の長である僧)となり常楽寺の住職をも兼ねて、建長寺を守る僧衆をも教育したとされている。
つまり、道隆との縁により「常楽寺なくして建長寺なし」(常楽は建長の根本なり)ともいわれ、常楽寺は厚く尊崇されたという。
次回は、 「高徳院・鎌倉大仏」
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